フリーランスの健康管理に関するガイドライン

 個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」が今年5月28日に公表されました。フリーランスにとっては大変魅力的であり、 フリーランスに業務を発注する業者にとってはこれまでの法令を大きく上回る衝撃的な内容となっています。要点を解説いたします。

Ⅰ 基本的な考え方

 働き方が多様化するなか、フリーランス(個人事業者)といった働き方が注目されています。フリーランスが安心して働ける環境をつくる「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下、「フリーランス新法」という)が成立し、今年11月1日から施行されます。

 このガイドラインは、フリーランスの健康や安全に関するものといえますが、驚きは基本的な考えです。

 「労働者と同じ場所で就業する者や、労働者とは異なる場所で就業する場合であっても、労働者が行う作業と類似の作業を行う者については、労働者であるか否かにかかわらず、労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきである」

 さらにガイドラインに先立って開催された有識者会議「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」(座長・土橋律東京大学大学院教授、以下、「検討会」という。)の報告書では「従来、労働者を主たる保護対象としてきた労働安全衛生関係法令の枠組みを活用し、労働者と同じ場所で就業し、又は類似の作業を行う個人事業者等の安全衛生の確保について、個人事業者等自身はもとより、就業場所を管理する者や仕事の注文者など、個人事業者等を取り巻く関係者が講ずべき措置を整理した」とあります。

 つまり、労働者と同じ場所で働く人、類似の作業を行う人は、労働関係法で定義する「労働者」であるか否かにかかわらず、すべて労働安全関係法令で守ってしまおうとする考えです。関係法令は原則「労働者」を前提にしてきましたから、大変な対象の拡大です。業務の発注者にとっては、コストも大幅に増えることになります。これはあくまでもガイドラインであり、関係者に自主的な取り組みを促すものですが、大改革と言えるでしょう。

Ⅱ 個人事業者が自ら実施する事項

 それでは具体的な内容です。まずは個人事業者(フリーランス)に対し、ガイドラインのリーフレットは「⾃らの⼼⾝の健康に配慮することが重要です。各種⽀援を活⽤し、⾃ら健康管理を⾏いましょう。」とし、以下の実施を呼びかけています。

・健康管理に関する意識の向上

・危険有害業務による健康障害リスクの理解

・定期的な健康診断の受診による健康管理

・⻑時間の就業による健康障害の防⽌

・メンタルヘルス不調の予防

・腰痛の防止

・情報機器作業における労働衛⽣管理

・適切な作業環境の確保

・注⽂者等が実施する健康障害防⽌措置への協⼒

 各種支援の活用は具体的に、医療保険者(フリーだと国保でしょうね)、自治体セミナー、労災特別加入、産業保健総合支援センター、地域産業保健センターを上げています。

Ⅲ 注文者(発注者)が実施する事項

 注目は、この項目です。ガイドラインのリーフレットには簡単にしか書いていないのですが、ガイドラインそのものには6ページにわたり、5項目について具体的に記しています。

①長時間の就業による健康障害の防止

②メンタルヘルス不調の予防

③安全衛生教育や健康診断に関する情報の提供、受講・受診機会の提供等

④健康診断の受診に要する費用の配慮

⑤作業場所を特定する場合における適切な作業環境の確保

 

 この一部を見ていきます。まずは、①長時間の就業による健康障害の防止。ガイドラインは、発注の頻繁な変更や短納期での大量発注の抑制、発注の平準化への配慮を求めています。踏み込んでいるのは、長時間の就業となった場合、「疲労の蓄積が認められる個人事業者等から求めがあった場合は、長時間労働に対する面接指導制度を参考にして、当該個人事業者等に対して医師による面談を受ける機会を提供すること」とあり、さらに、その経費については「注文者等で負担することが望ましい」としています。注文者にフリーランスの就業時間の把握を求めるものではないとしつつも、「就業実態を具体的に確認することを妨げるものでもない」とし、フリーランスの就業時間管理の必要性を示唆しているとも取れます。

 さらに④において、契約期間が6カ月以上におよぶフリーランスに対する特殊健康診断と同等の検査に必要な費用の全額負担を求め、週40時間の就業かつ契約期間が1年以上のフリーランスには、一般健康診断と同等の検査について、「注文者が負担するのが望ましい」としています。

 まさに、検討会で示された「労働安全衛生関係法令の枠組みを活用」にほかなりません。この注文者については、仲介業者やプラットフォーマーも含まれます。また、①~⑤の事項について、フリーランスが実施の要請をしたことを理由として、契約の途中解除、契約更新の拒否など、不利益な取り扱いをしてはならないとしています。また、注文者が一般消費者がなることもありますが、これについてガイドラインは「注文や干渉が個人事業者等の健康に影響を及ぼす可能性があることに変わりはないため、その旨を十分に理解した上で、注文等を行うことが重要」とも記しています。

Ⅳ 課 題

 1、周知

 今回のガイドラインは、労働安全衛生関連法令の射程を大幅に広げるものであり、フリーランス自身はもとより発注事業者、関連団体への周知が欠かせません。また、ガイドラインの表現は微妙なものも多く、どう解釈するかという問題もあります。

 例えば、長時間就業となったフリーランスが、医師との面談の結果、業務量の変更を注文者に求めたとます。こうした場合、ガイドラインは「注文者等が、必要な配慮を検討する上で必要な範囲で、個人事業者等から同意を得て、医師による面談の結果を取得することは考えられる。」とあります。

 注文者等は、「必要な範囲で」「個人事業者等から同意を得て」という条件のもと、「医師の面談を取得することは考えられる」とありますが、医師の判断が分からないと、注文者は必要な配慮がどの程度のものか分からない。発注業務を過度に制限してしまうと、フリーランスの求めに対する不利益取り扱いとも取られかねない。実際には、フリーランス、発注者ともガイドラインを十分に理解した上でのコミュニケーションが必要となるでしょう。

2、実施の担保

 周知とも関係しているのですが、このガイドラインはあくまでも自主的な取り組みを促すものです。法的な後ろ盾がありません。業界など各種団体が声をかけ、趣旨を浸透させるか、どう実行させるかが課題でしょう。あるいは、ガイドラインを取り組む発注者等に何かしらのメリットがあるようにするなど、インセンティブが必要かもしれません。

3、コスト転嫁の懸念

 ガイドラインは、発注者が健康診断の費用を負担するよう求めていますが、この費用をフリーランスへの支払い額から減じて支払う可能性があります。それではガイドラインの趣旨を損なうことになりかねません。 

4、フリーランス新法との相違

 フリーランス新法は取引の適正化、ガイドラインは安全衛生上の保護ですが、広い意味で取引関係で弱い立場のフリーランスを守る趣旨です。しかし、言葉の定義が異なり、保護の対象が大きく異なります。

 下の表で分かるように、ガイドラインは従業員を抱える中小企業の事業主を含みますが、新法は法人の事業主であっても従業員を雇っていれば対象になりません。発注者についても、新法ではプラットフォーマーが対象外となる可能性があります。

フリーランス発注者
ガイドライン個人事業者等:事業を行う者のうち労働者を使用しないもの及び中小企業の事業主又は役員。注文者等:個人事業者等に仕事を注文する注文者又は注文者ではないものの、個人事業者等が受注した仕事に監視、個人事業者等が契約内容を履行する上で指示、調整等を要するものについて必要巻干渉を行う者(仲介業者、プラットフォーマーを含む)
フリーランス新法特定受託事業者:業務委託の相手方である事業者であって従業員を使用しないもの(第2条第1項)

特定受託業務従事者:特定受託事業者である個人及び特定受託事業者である法人の代表者(第2条第2項)

特定業務委託事業者:特定受託事業者に業務委託をする事業者であって、従業員を使用するもの(第2条第6項)

 結局、フリーランスとは誰なのか、ガイドラインと新法では異なり、混乱が生じかねないと考えます。最後に、検討会が報告書で「個人事業者等における安全衛生の確保に向け、不断の見直しを行うべきである」と指摘していることをつけ加えておきます。

特定社会保険労務士 中部 剛

特定社会保険労務士 中部 剛

職場のメンタルヘルスを大切に

33年の新聞記者経験を経て特定社会保険労務士となりました。記者時代は過労死、メンタルヘルスを中心に取材し、生き生きと自分らしく働ける「ディーセント・ワーク」の大切さを痛感しました。従業員が健康的に働かなければ生産性も上がりません。経営者にとっても、労働者にとってもより良い職場づくりをサポートします。

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