Labor Chronicle(レイバー・クロニクル)第1号は、「ディーセント・ワーク(Decent Work)」についてお伝えします。
この言葉をご存じでしょうか。
「そんなの知っているよ」。労働組合の方や労働法を学んでいる方からはそんな声が聞こえてきそうです。そうですね、失礼しました。
1999年の第87回ILO(国際労働機関)総会で、ファン・ソマビア事務局長の報告で初めて用いられたもので、「働きがいのある人間らしい仕事」と説明されています。「働きがいがある」「人間らしい」の二つの言葉が「仕事」を修飾しています。
ソマビア事務局長の報告は、次のように記述されていたそうです。
「権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事を意味します。それはまた、全ての人が収入を得るのに十分な仕事があることです」
難しい言葉が並んでいますが、まずは雇用の確保ですね。そして、働く人がいじめられたり、バカにされたりすることなく、ちゃんと尊重され、十分な収入が得られ、それでいて、仕事上の不慮の事故や病気、失業などにも備えた制度があるということでしょう。
苦役? それともやりがい?
ILOは国際的な機関ですが、日本の労働基準法にも同じような内容が記されています。 労基法第1条「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない」。ディーセント・ワークの「人間らしい仕事」と、労基法第1条の「人たるに値する生活を営むため」。いずれも、「仕事は人を幸せにするためにある」と読み取れます。しかし、現状はどうでしょうか。過重労働から健康を害したり、ハラスメントを受けたり。一生懸命に働いているのに、暮らしていけるだけの賃金が得られないような場合もあります。
ILOはディーセント・ワークを実現するために4つの戦略を掲げています。
1、仕事の創出:必要な技能を身につけ、働いて生計が立てられるように、国や企業が仕事を作り出すことを支援。
2、社会的保護の拡充:安全で健康的に働ける職場を確保し、生産性も向上するような環境の整備。社会保障の充実。
3、社会対話の推進:職場での問題や紛争を平和的に解決できるように、政・労・使の話し合いの促進。
4、仕事における権利の保障:不利な立場に置かれて働く人々をなくすため、労働者の権利の保障、尊重。
そもそも私たちは何のため、誰のために働くのでしょうか。
社長のため? 株主? 労働者? 家族? 社会?
働くことは、「苦役」と考える人もいますが、私は2つの大きな恵みをもたらしてくれると考えています。一つは、自分や家族の暮らしを支えるための「お金」という恵み。もう一つは、やりがい、生きがい、充実感といった「心」の恵み。ある中流家庭の女性に言われたことが胸に残っています。仕事を探していた彼女に「お金に困っているわけでもなさそうですし、ゆっくり考えればいいじゃないですか」というと、彼女は「仕事をしていないと社会に参加していない気がするんです。取り残されているような…。やりがいのある仕事を見つけたいんです」と切実でした。
ただ、心の恵みは難しい面もあります。余暇と仕事の絶妙なバランスがないといけません。長時間労働やハラスメント、大きなストレスは心の負荷を大きくし、バランスを崩してしまいます。企業は、バランスが崩れた働き方をさせてしまうと、生産性が落ち、企業収益を損なう結果になってしまいます。
「お金」と「心」の恵み
さて、今の日本の労働環境はどうでしょうか。
労働者に「お金」と「心」の恵みをもたらし、企業の大きな果実につながっているのでしょうか。もちろん、うまくいっている企業はたくさんあります。しかし、日本の労働現場を概観してみると、賃金格差や待遇格差が広がり、ハラスメントが横行、心の病を抱えた労働者がいかに多いことか。皆さんの会社の中にも、心の病に悩んでいたり、お休みされていたりする方がいるのではないでしょうか。うつなどの心の病になり、労災請求した件数は、令和3年度は過去最多の2346件に達しています。この数字は、氷山の一角にすぎず、過去最多に及んでいることが問題だと思います。
円安を背景に過去最高益を上げる会社がある一方、新型コロナウイルス禍の影響で事業を縮小したり、廃業したりする事業所もあります。また、コロナの感染拡大で雇用環境は大きく変わり、新しい問題もたくさん起きています。
私は、いち社労士にすぎませんが、ディーセント・ワーク、人たるに値する生活の実現のために努力したいと思っています。それは各企業の末永い存続、社会的価値の向上、収益の増加にもつながると考えているからです。
今後、ディーセント・ワークを基本理念にしながら、このLabor Chronicleで情報発信を続けていきます。